大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和31年(オ)119号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人清水繁一の上告理由第一点について。

本訴は土地の所有者たる上告人(原告)が、被上告人(被告)は上告人所有の右地上に家屋を所有して、何等の権限なく不法に上告人の土地を占拠し、よつて上告人の土地所有権を侵害しているとして、土地の所有権にもとづき、その妨害排除をもとめる物上請求権の行使並びに右所有権の侵害を原因とする損害賠償の訴訟である。右のような土地の所有権にもとづく物上請求権の訴訟においては、現実に家屋を所有することによつて現実にその土地を占拠して土地の所有権を侵害しているものを被告としなければならないのである。しかるに、本件においては被上告人は、かつて右家屋の所有者ではあつたが、上告人が本件土地を買い取る以前に(もとより、上告人のした所論仮処分より前に)右家屋を未登記のまま第三者に譲渡し現在は家屋の所有者でないことは原判決の確定するところである。すなわち被上告人は現在においては右家屋に対しては何等管理処分等の権能もなければ、事実上これを支配しているものでもなく、また、登記ある地上家屋の所有者というにもあたらない。(現在登記簿上本件家屋について、被上告人名義の保存登記が存在するけれども、これは被上告人が本件家屋を未登記のまま譲渡した後に、上告人の仮処分申請にもとづいて、裁判所の嘱託によつて為されたものであつて、被上告人の関知するところでないことは原判決の確定するところである。)従つて、被上告人は現実に上告人の土地を占拠して上告人の土地の所有権を侵害しているものということはできないのであつて、かかる被上告人に対して、物上請求権を行使して地上建物の収去をもとめることは許されないものと解すべきであり、(昭和一三年(オ)第一二七一号同年一二月二日言渡大審院判決参照)また、被上告人は上告人が本件土地の所有権を取得する以前に右家屋を未登記のまま譲渡したこと前叙のごとくであるから、上告人の所有権の侵害を原因とする本訴損害賠償の請求も理由のないものといわなければならない。

これと同趣旨に出た原判決は正当であつて論旨は理由がない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官小谷勝重、同河村大助の反対意見、同奥野健一の補足意見を除き裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官小谷勝重、同河村大助の少数意見は次のとおりである。

原審認定の事実関係の要旨は、被上告人は上告人前主所有(上告人は昭和二八年九月本件土地所有権を取得)の土地の上に建物を所有していたが、昭和二八年三月二六日その建物を訴外緑川に譲渡した。そして未登記のまま経過したが同年一一月四日に上告人は被上告人に対し右建物につき処分禁止の仮処分命令を得その登記のため、東京地裁の嘱託により被上告人のため所有権保存登記がなされた。以上の事実関係の下において、原審は被上告人が本件建物の所有者でない以上その登記名義人であると否とを問わず、上告人は被上告人に対し建物収去土地明渡等の本訴請求はできないとして上告人の請求を排斥したのである。われわれは、移転登記未了の譲渡人は物権変動(所有権喪失)を以て第三者に対抗できず、完全無権利者とならないものと考えるし、かつ、建物所有権の変動について、その敷地の所有者は民法一七七条の第三者に該当するものと解するから多数意見には替同できないので、以下にその理由を述べる。

未登記不動産について譲渡が行われた場合には、先づ以て譲渡人が保存登記をなし然る後に譲受人に移転登記をするのが本則であつて、このことは家屋が建築されると所有者は家屋台帳に登録され(家屋台帳法一四条)その所有者が保存登記(不動産登記法一〇六条)をする順序になつていることからも明らかである。そして譲渡後において譲渡人が自己名義に保存登記をすることの有効なことは異論のないところである。唯その理由について判例は譲渡人は移転登記義務を履行する前提として自己名義に保存登記申請権があるといつているにとどまるが(大判昭和一七年(オ)八七二号民集二一巻二三号一一九九頁〕、自己名義の保存登記として効力をもつためにはその登記が実体的な基礎を喪つていないことを要するのであつて、単に移転登記のための手続上の必要という理由だけで保存登記の効力を認めるわけにはいかないと思われる。すなわち譲渡が行われたにも拘らずなお保存登記を有効と認めるのは、公示の原則を採用しているわが民法の解釈上登記のない限り物権変動は第三者に対し完全な効力を生ぜず、換言すれば譲渡人は完全な無権利者となるものではないと解すベきだからである。従つてその保存登記は譲渡人に残存する所有権に符合しこれを象徴する有効な登記と解するを相当とする。かの二重売買における第二の買主の取得登記を有効とし第一の買主の所有権取得を無効と解するのも第二の買主との関係においては売主が未だ所有権を喪わないものと解せられるからである。

しかして、未登記不動産の譲渡後、仮処分決定に基く裁判所の嘱託により譲渡人のためになされた保存登記も一般の保存登記と同一の効力を有することは当裁判所の判例とするところであるし(昭和二九年(オ)四七八号第二小法廷例決集一〇巻五号五五四頁)又債務者所有の未登記建物が第三者に譲渡された後、債権者が競売申立をなし裁判所の嘱託により債務者名義の所有権保存登記をなした当該競売手続に於て競落し其の所有権移転登記を受けた競落人は、右建物所有権を前示第三者に対抗し得るとした判例(大判昭和一三年(オ)二〇四七号民集一八巻一〇号六二三頁)もあつて、いずれも未登記建物の譲渡人は対外関係において、未だ所有権を喪わないという実体関係を基礎として、譲渡人自身の申請によると裁判所の嘱託によるとを問わず譲渡人のために行われた保存登記として其効力を保有するものと理解すべきである。従つてその登記に信頼する第三者は譲受人に対しては取得登記の欠缺を主張し得ると同時に譲渡人に対しては喪失の登記すなわち、物権変動の登記欠缺を主張し得るものと謂わなければならない。

次に上告人は土地の所有者としての地上建物の譲渡人である被上告人に対し、若しくは被上告人から建物を買受けた訴外者に対し、民法一七七条に所謂第三者に該当するか否かが問題である。この点については消極に解する判例も存し原判決も右判例に従つたものである(大判昭和一三年(オ)一二七一号判決「原審引用」。大正八年(オ)九六六号民録二六、一五七頁)。ところで、民法一七七条はいうまでもなく第三者の利益を保護し不動産取引の安全を計ろうとする立法趣旨に出たものであるから、同条の第三者を判例の如く「登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者」に制限する見解は正当であり、この制限説に従いつつその標準を「当該不動産に関して有効な取引関係に立てる第三者」に求める有力な見解が汎く支持されていることはいうまでもないが、唯その取引関係なる表現が必ずしも明確とはいい得ないばかりでなく、その不動産につき取引関係に立てる者とはいいかねる者でも当該不動産に関し正当な利害関係を有する者すなわち、或種の権利を有し又は義務を負う関係にある者は、また前示取引関係者に準じ登記欠缺を主張する正当の利益を有する第三者として保護するを正当と考える。

本件において上告人の主張する如く被上告人に土地使用の権限がなかつたものとすれば、上告人は被上告人所有の建物に対し収去明渡の請求権を有し、上告人の土地所有権の行使は建物所有権の消滅を招来する結果となるから、上告人は土地所有者としてその地上建物に対し正当な利害関係を有する者というベく、さればその建物所有権の変動については民法一七七条の第三者に該当しその登記欠缺を主張して被上告人の所有権喪失、訴外者の所有権譲受を否認し得る地位にあるものといわなければならない。すなわち上告人は被上告人に対し同人が建物を所有することにより上告人の土地所有権を侵害するものとして建物収去土地明渡の請求権を有するものと解するを相当とする。(なお、原判決のような見解をとると此種の土地明渡請求事件における保全処分の実効を薄弱にし、かつたやすく建物所有権の移転を主張して明渡請求を困難ならしめることにも思を致さなければならないであろう。)

以上の理由により上告論旨は結局理由があり原判決は破棄するを相当と思料する。

裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。

他人の土地の上に何らの権原なくして建物を所有し不法に土地を占拠している場合に、土地の所有者が所有権に基きその妨害の排除を求めるには、その建物の現在の所有者を相手とすベきであり、そして若し右建物が未登記であり、しかも未登記のまま所有権が数次に亘り移転している場合には、現在の実質上の所有者を被告としなければならないことは、殆ど疑いの容れないところであろう。しかるに、この場合、土地の所有者が現在建物の所有者でない過去にその所有者であつた者を任意に選択して、処分禁止の仮処分を申請し、その仮処分登記の前提として右過去の所有者名義の保存登記がなされた場合に、その過去の所有者であつて現在の所有者でない者がこれがため建物収去の責任を負わねばならないとすることは極めて不合理であるといわねばならない。

このことは、建物の所有者が自ら保存登記をしながらその後所有権を他に移転したにかかわらず、これが移転登記を懈怠している場合と同一に論ずることは許されない。すなわち、この場合は移転登記を怠つている現在の登記名義人は、その所有権の喪失を第三者に対抗することができない結果、土地所有者から建物の現在の所有者として土地の不法占拠者としての責任を問われることは是認できるところであるとしても、本件の如く未登記の建物の過去の所有者が何ら自己の意思に基かないで、他から仮処分の前提として自己名義に保存登記がなされた場合には、固よりその者はこれがため現在の建物所有者になるわけのものではなく、また、現在の所有者のために移転登記をしようとしても仮処分によつて禁止されているのであるから、登記懈怠の責を負わしめることもできないのである。従つて、かかる過去の建物所有者を被告として建物収去を求める本訴請求は理由がないものであつて、原判決は正当であり、論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例